ピアノの練習を再開し、その後お迎えしたオオハシさん(大橋ピアノ OHHASHI)との暮らしも6年目に入った。練習を再開した当初からなんとなくは思っていて、今、もう少しはっきりと思っていることがある。それは、「何を」練習するか、学ぶか(どの教本を使うとか、どんな知識や技術を身につけるとか)も大事だけど、それを「どのように」練習するか、学ぶかはもっと大事なんじゃないか、ということ。それと、「どれくらい」(回数や時間)ということはあまり関係ないというか、それも「どのように」やっているかによるよね、ということ。
今、何が課題なのか。今日はどの箇所の、どんなことを見るのか。それに対して必要なことができているのか。そういったことを日々自分に問いかけ、確認しながら、練習を続けていきたいなぁと思う。
ピアノの練習や演奏に関して、自分の取り組み方、向かい方が、この半年ほどの間にまた少し変化してきている。からだやこころという角度から学び、見つめたり、
からだのことをやっていたら自然と、ペダルの練習を始めたくなったりも。ペダルの“練習”って、これまで一度もしたことなかった。
(ほかにもいろんな本のお世話になっています)
全体的には、以前より楽な気持ちで練習できるようになっているかなぁ。練習中に、眉間にシワを寄せて難しい顔をしていたり、ムキになって弾いてしまうようなことは、だいぶ少なくなってきた。変なプライドや自分に対する過度な期待といったようなものに振り回されることも、最近はあまりない。結果を求めすぎず、じっくり取り組める。あと、指を、からだを、演奏をコントロールしようとして楽器や自分自身と闘ってしまうような、そんな弾き方、練習の仕方からも少しずつ離れてきている。
今は大きなテーマとして
自分の内側ではなく、外側に向かって弾くこと
大きな空間で弾くこと(実際の部屋の広さのことではなく、意識としての演奏空間)
に取り組んでいて、先ほどの「コントロールしようとしない」ことは、その出発点にしたり、あるいは併せて見たり、というようにできるとわたしは思う。コントロールを手放すのはなぜか少し不安だけど(楽器を弾いているだけなのに)、それでもそこから離れてみると、それまでとは違う景色が見えてくる。気持ちも穏やか。そして演奏も、必死になってコントロールしようとするときよりも、よっぽどうまくいったり。そのときにようやく、それまでの練習の効果や成果がちゃんと分かる。
まだまだ気づくとコントロールしようとする自分になっていて、そういうときって自分の内側に留めて固めるようにして弾いてもいる(姿勢もそうなっている)んだけど、そのたびに
「あっ」
と気づいて、またその状態から離れて。それを繰り返しながら、これはずっと長く取り組んでいくテーマになるんだろうなぁと思う。簡単ではないかもしれないけど、なんだか先が楽しみ。ちょっと幸せな気もする。
ところで、先ほどの『ミスタッチを恐れるな 伸び悩みの壁を越え、演奏に生命力を取り戻す』にはインプロヴィゼーションについて触れられている箇所があって、インプロの良さや有用性(いろいろあるし、実は楽器練習の役にも立つ)についてすごく「そうだよね」と思ったし、読んでいて嬉しくなった。そして、早速(?)わたしもまたインプロをやりたくなった。
そんなきっかけから、先月の終わり頃に弾いてみたのが今回の音源。けれどこれを載せるかどうかは、録音具合の関係でしばらく迷っていた。今回、音が左右に揺れて?(言い方が分からない)しまっているところが何か所もあって、これ、気持ち悪いよなぁ、と。どうしても気になるのが1か所と、そこまでではないにしても少し気になるのが2、3か所(探そうと思えばもっとあるかも)。こう録れてしまったものを後から直すような知識や技術は持っていないから、どうすることもできず……。
でもやっぱり
「自分が取り組んだこととして、これも載せておきたいな」
というところに気持ちが落ち着いた。音の揺れは直せないけれど、場所(時間)を確認して、注意書きを添えておくことにしました。
音が左右に揺れて聴こえる箇所があります。ご注意ください。
0:26 で強く揺れます。
0:50,1:02,4:26 も少し気になるかもしれません。
(感覚の違いや,音量,デバイスによっても,どの程度気になるかはだいぶ変わると思います)


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