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mimu
(まさえ)
愛知県在住,40代。
一時期,こころとからだの勉強をしていました。ゲシュタルト療法やボディサイコセラピーなど,ソマティックアプローチの心理療法を中心に学んでいました。
現在はゆるゆると己事究明を続けつつ,趣味とセルフワークを兼ねて,日々ピアノを弾いて過ごしています。
ピアノはオオハシ132EWを使用 (2020年10月~)。

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韓氏意拳(かんしいけん)体験

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今月はじめにリアル(対面)開催のワークショップに参加してきた。韓氏意拳(かんしいけん)の体験講座と、イールドワークこと Yielding Embodiment(イールディング エンボディメント)の1日WS。参加するかどうかを散々迷って、先月下旬にやっと申し込んだ。

金曜の午後に韓氏意拳、1日挟んで日曜にイールドワーク。土曜にも講座が1つ開催されていて、そちらも興味はあったんだけど、今回は参加を諦めた。久しぶりのワークショップだったし、どれも初めて学ぶ内容だったから、3日連続はキツそうだなと思って。休息の時間もちゃんと確保したかった。

そうしたのは正解だった。韓氏意拳は欲張って入門クラス(2時間半)と初級クラス(2時間半)に続けて参加、終わったときにはかなり疲れていた。激しい動きがあるわけじゃないんだけど、普段とは違う集中(集注)の仕方と度合いが必要で(とわたしは思った)、すごくエネルギーを要したというか。加えて「考えて分かる」というのとは違うことに取り組む時間、それはわたしにとっては「“分からなさ”の中に自ら留まり続け、その自分を維持する」ようなところがあって、そういうの、嫌いじゃないけどやっぱり楽ではないよなぁと思う。

初めての韓氏意拳、初めての武術体験。けっこう大変な時間だった。

その韓氏意拳。ふーむ、もう少しやってみたいような気もする。

  • 型がない
  • 力を使わない
  • 考えて行わない
  • イメージしない
  • 繰り返さない
  • リズムを取らない

「からだを動かそう」とか「こう動こう」として動くのとは違って、動きが自然に発生するような……。今回の講座の中では、まるで目の前の相手や見えない何かがわたしの手を動かしてくれていて、わたし自身は全く何もしていないような感覚である、という場面も何度かあった。それはなんとも不思議だったし、頭の中は「?」だらけだった。

「動きが自然に発生する(ような)」というのは、実は普段、何気ない動作のときには普通にそうなっていることだよ、例えばこんなとき、かくかくしかじか……と聞いて、それは「なるほどなぁ」と思った。ただ、今回体験したのは、今この場のことにしっかり意識が向いていながら、それでもそんなふうに動いている自分、ということ。そんなことがあるなんて。何かが分かった感じなんて全然なかったけれど、でもなんかその後もずっと、なんとなく、あの場での体験、感覚が気になっていたり、どこか魅力を感じている自分がいる。「静かな興味」という感じかな……今、そんな言葉も思い浮かんだ。

講座が終わって帰ろうとしたとき、先生から

「良かったですよ」
「からだが素直ですね」
「(そのからだを)大切にしてくださいね」

という言葉をいただいた。もしかしたらみんなにそう言ってくださっていたのかもしれないけれど、それでもいい。とても嬉しかった。

今回来てくださった先生や、別の先生も、ときどきこの辺り――名古屋や浜松で講座をやっているらしい。タイミングが合えばまた参加してみるか……そんなこともあるかもしれない。

この本も買って読んでみようかな。ブックマークしておこう。

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