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まさえ
(mimu)
愛知県在住,40代。
一時期,こころとからだの勉強をしていました。ゲシュタルト療法やボディサイコセラピーなど,ソマティックアプローチの心理療法を中心に学んでいました。
現在はゆるゆると己事究明を続けつつ,趣味とセルフワークを兼ねて,日々ピアノを弾いて過ごしています。
ピアノはオオハシ132EWを使用 (2020年10月~)。

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2020.11.7 ピアノ インプロヴィゼーション

こちらは過去記事のリバイバル版です。
(記事内の色の文字,取り消し線    ,伏字 :リバイバル版投稿時の修正)

1週間ほど前にピアノのインプロを録りました。録音しながらのインプロはかなり久しぶりだったのと、9月末に買った今のピアノでは初めての録音だったのと。さらに今回は、レコーダーの設置方法や場所をこれまでとはちょっと変えていて。「試し録り」というくらいの気持ちから録ってみました。

その日、わたしは気持ちが沈んでいて、あまり気力もなく、集中力に欠けていたり、気持ちの踏ん張りがきかないような、少し投げやりになっているような、そんな状態でした。録音した音源を後で聴き返してみたとき、やっぱりそのようなものが録音されているなぁと思いました。

そんなわけだったし、試し録りだったし……と自分に言い訳もして、はじめはここに載せるつもりはありませんでした。自分のインプロに、自分自身に、「こんなのダメ」という評価、判断しかできなくて。“こんなの”が許せなかった。けれど何度か聴き返しているうちに

「いや、いいとか悪いとか、そういうことのためにやっているんじゃないんだった」
「この日のわたしはこうだった、そういうことじゃん」

と思えるようになってきて。そう思って改めて聴いてみれば、

「気力がなかったわりには、よく頑張ったかも」

という気持ちも出てきました。

今回、気力がなかったことや試し録りのつもりだったことで、普段なら力んでしまうところでかえって力が抜けている、そういう部分もあるように思います。また、弾き直しているところや、からだの声が聴こえてくるのを待っているときの“間”なんかも何か所かあって、音源を聴き返しているときに、なんていうのかな、何か大切なこと、大切な感覚を淡く思い出すような、そんな感じもありました。

「こんなのダメ」と思った自分はいなくなったわけじゃなくて、小さくはなっても今もちゃんといるんだけど、その自分も感じながら、その自分とも一緒に、この記事を書きました。

オーディオ画像
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2020.11.7 Piano Improvisation 01
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2020.11.7 Piano Improvisation 02
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2020.11.7 Piano Improvisation 03
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